注意
本記事は小説「ボトルネック」の結末に関するネタバレを含みます
感想や考察については他の方々のブログ等で語り尽くされている感はありますが…書きたいので書きます
・グリーンアイド・モンスター
造語ではなく、英語圏で使われる嫉妬の感情を意味する慣用句のようです。元ネタはシェイクスピアのオセロー
〈グリーンアイド・モンスター〉
ゴーストけい
ねたみのかいぶつ。
生をねたむ死者のへんじたもの。
一人でいるとあらわれ、いろいろなほうほうで生きている人間の心にどくをふきこみ、死者のなかまにしようとする。
心のどくを消すほうほうはない。
これを見る限りグリーンアイド・モンスターはノゾミのことを指していると思われます
リョウが一人で東尋坊に訪れた際に現れたことも、彼の生まれなかった可能世界に飛ばして心に毒を吹き込んだことも、その毒ーーこれから不幸が起こる度に、サキなら回避できたのに、と考えずにはいられないことーーは死ぬまで消えないことも、一致します
リョウは想像力がないと作内で何度も言われます。自分の頭で考えず、身の回りに何が起こっても他人事のように捉えてやり過ごす生き方は、彼の家庭環境がそうさせたにせよ、それはもう生きながら死んでいるようなもの。全てに無関心なので、自殺する理由も熱量もない
だから、リョウと全く同じ環境で育ちながら積極的に生きて全てが上手くいっているサキを見せることで、夢の中で他人事のように生きているリョウに「夢の剣」を突き立てたのです。こうかはばつぐんだ!
・川守
東尋坊に向かう途中に駅のホームで出会った、グリーンアイド・モンスターをリョウに教えた子供です
リョウとの意味深な会話から、川守はこの世界の人間ではないのでしょう
川守の性別が不明な点から、川守=ツユ説が唱えられていますが、私はもっと漠然とした、第三者的な、霊界の使者のようなものだと思いました
川守はリョウがひとりの時に現れました。その姿は恐らくリョウにしか見えない、よくあるアレでしょう
川守はリョウがノゾミに毒されているのに気付いて警告に来たのでしょう
さて、「川守」とはあの子供の名前なのでしょうか
「川守」には人名の他に、河川、湖沼などの両岸を船で渡って人や物を運送する人の意味も含まれます
あの子の正体は三途の川を渡って死者を向こう岸に運ぶ存在だったのかも知れません
・「二度と帰ってこなくて構いません」
ラストシーンのメールの差出人は母親が最有力ですが、「また東尋坊に飛び込んでパラレルワールドに迷い込むなよ」という不安定なリョウの身を案じたサキのジョークだったという説が救いがあって好きです。サキはリョウの電話番号とメアドを知っているので、可能性は十分あります
その場合、自分の行く道を誰かに決めて欲しがっていたリョウは身投げせず生きることを選択するでしょう。「うっすらと笑った」のも、現状を笑い飛ばす気力が湧いたと解釈できます
でもまぁ…リョウがあの家に戻る選択を手放しで喜べないのがこの物語の怖いところですね。死ぬよりはいいよ、とハジメなら言うでしょうけど
・イチョウ
結末を読者に想像させる終わり方だったので、作内で散々想像力がないと言われたリョウの、ノゾミの真意を想像したあの語りが全て真実だとは思えないんですよね…
反論があるとしたらこうです
イチョウの木のお婆さんにノゾミが「死んじゃえ」と言ったのはノゾミがリョウを模倣する前
金を積まれて断ったのが気に入らないと語ったのは、リョウを模倣して「何でもないひと」になってから。これはノゾミの真意ではありません
それを混同しているため、リョウの推測は正しくない、といえます
というかリョウが色々勝手に考えてますが、サキが「イチョウを思い出して」と言ったのは、私は全然別の意味だと思っていました
サキはイチョウを切った。そのおかげで食堂の爺さんは助かったけど、そのせいで交通量が増えて、ノゾミを危険に晒すところだった。だからサキの世界は全てが完璧じゃない。リョウも諦めないで、と
なんであれサキはリョウに生きて欲しかったのですが、それが逆にリョウを追い詰めてしまっているのは同じです
ノゾミが死んじゃえと言ったことに特に深い意味はないと思います。ただ家庭の事情で心が荒んでいて口走っただけだと。でもそれを聞いたリョウが見るからに失望した顔をしたので、後からリョウ好みの理由を付け足したのだと思いました
では、サキの言う「あの子が本当に望んでいたもの」とは?
グリーンアイド・モンスターの望みがリョウの死なら、ノゾミの望みも同じでしょう
では本当の望みとは?それは「何でもないひと」であるリョウの死、でしょうか
グリーンアイド・モンスターが生を妬むからこそ、ノゾミは死んだように生きているリョウが許せなかったのでしょう
何でもないひとでいる限り、リョウは傷付くことはありませんが、自分という他人の人生をただ眺めて過ごすのは、それは生きているとは呼べない。ノゾミはリョウの生き方を模倣して、それに気付いたのでしょう
自分とは違ってリョウには、辛くても傷付いても悲惨でも、自分の人生に真っ向から向かい合って欲しい。リョウとサキを会わせる荒療治をしてまで、ノゾミは彼に目を覚まして欲しかった
打ちのめされたリョウがようやく現実を直視し、「生きていたくない」と零した時点でノゾミの願いが果たされたため、リョウは元の世界に戻れたのだと思います
ノゾミは、リョウに本当の意味で生きて欲しかったのです
……と、いうようなことをサキは想像したのでしょうが、果たしてリョウはその真意に気付くことが出来たのでしょうか
・おまけ 印象に残ったシーン
リョウのノゾミへの気持ちは恋ではなく自己愛だったと気付くシーンがどうしようもなく救いがなくて好きです
リョウは自分のせいで世界が悪くなったと思っていますが、嵯峨野家に生まれたのがリョウだから駄目なのではなく、彼が何も行動を起こさないでボトルネックのように身の回りの世界を滞留させていたことが原因だと思いました。だからリョウの今後の行動次第で世界が好転することも十分あり得ると思うので諦めずに頑張って欲しいです。リョウと私は考え方が重なる部分が多く、読んでいて思わず今までの人生を振り返って反省してしまいました